苦悩の青春時代

腰椎椎間板ヘルニア・・・脊柱管狭窄症・・・を患っていた青春時代。

14歳の時、中学校野球部の冬の室内練習で腰を痛めてから、坐骨神経痛に悩まされ病院通い 社会人になってから整体院や接骨院は20件近く行き多い時で週に3回通っていました。

このままずっと「痛いままなのだろうか」「歩けないのだろうか」夜中痛くて横になれず「立って台所の流し台に寄りかかって」朝まで過ごした時もあります。

いい先生がいると聞けば 整形外科 ペインクリニック 接骨院 整骨院 整体 鍼灸 カイロプラクティック 気功 なんでも行きました。少しでも楽になりたくて週に3回毎週通ったりしてました。

手術も考えセカンドオピニオンで行った大きな病院で3時間以上待合室で不安と痛みに耐えて待って、ようやくの診察で 「運動不足ですね、運動してください」と言われて30秒で終了したこともあります。

約三ヶ月間病院のベットで寝たきりの生活を過ごしていました。ベットから起きることもできずに 食事も仰向けのままで食事をしていました。首を数センチ動かすだけでも腰から足全体に激痛が走るため 仰向け寝で食事を摂り、味噌汁をストローですすって飲んでいました。トイレにも自分でいけないのは勿論、日中の痛み止めの点滴と、夜の座薬が無いと過ごせない、どうにもならない毎日に肉体的にも精神的にも限界でした。

「良くなるのであれば 痛い注射であろうが検査であろうが何でもいいから楽にしてください・・・」という気持ちになりました。

そして最終的に27歳の時に手術をしました。私の最終的な診断名は「先天性脊柱管狭窄症」でした。高校の時から「腰椎椎間板ヘルニア」と

診断されていましたので驚きませんでした。

腰痛・坐骨神経痛 による長年の辛い経験が、施術家を志した原点です。あれから22年の歳月が流れました。

闘病話は「2度の入院の話」「ブロック注射計6回の話」「激痛時の脊髄造影剤注入とレントゲン撮影話」「何度受けたか忘れるくらいのMRIの話」「悶絶し動けなくなり救急車で運ばれた話」など痛すぎる話は沢山持っています。もし関心がおありの方は直接お聞きください。

ちなみに 現在は全く 腰痛やしびれ・麻痺は全くありません。

22年前は「もうこのまま一生痛みは良くならない。歩けないんだ・・・」と不安と心配と激痛で眠れませんでした。

今現在、同じような境遇で、眠れぬ日々、激痛で泣いてる方がいらっしゃると思います。そのような方に少しでもお役に立ちたいと思っています。

「回復するときはきっと来ます。」どうぞ諦めないでください。